
JR東海道本線の清水駅にやってきました。

この日は近くのIAI日本平スタジアムで清水エスパルスのホームゲームがあり、駅周辺は朝からミカンみたいな恰好をした人が多くいました。

駅の東側から南へと伸びる歩道はおそらく旧国鉄清水港線の廃線跡です。

清水港線のモニュメントがありました。
清水港線(しみずこうせん)は、静岡県清水市(現・静岡市清水区)の清水駅と三保駅を結んでいた、日本国有鉄道(国鉄)の鉄道路線(地方交通線)である。貨物輸送の衰退もあり、1980年(昭和55年)の日本国有鉄道経営再建促進特別措置法(国鉄再建法)施行により第1次特定地方交通線に指定され、1984年(昭和59年)4月1日に全線が廃止され、バスに転換された。

子供の頃、親に鉄道の本をいろいろ買ってもらいました。
北海道、東北、関東、中部・・・と地方別の路線を紹介する本がありましたが、中部版に現役路線として清水港線が紹介されていたのを覚えています。

エスパルスドリームプラザの観覧車です。

エスパルスドリームプラザの横にある鉄骨・・

昭和3年設置のテルファークレーンという木材積み込み用クレーンだそうです。

廃線跡からは外れますが近くに清水次郎長の生家があるそうなので行ってみました。
次郎長通り商店街の中にあるようです。

これが生家ですね。
清水次郎長(1820〜1893)は、ヤクザの親分ですが清水港の発展に寄与した実業家という認識でいいんでしょうか。

内部の見学は午前10時から。訪問は朝9時でしたので見学はパスです。

再び廃線跡へ。

清水港の最奥部、このあたりから三保の半島の中へと入っていきます。

三保駅まで2,500mの看板です。

廃線跡を利用した遊歩道がつづきます。

津波避難タワーが見えてきました。

緊急時以外立ち入り禁止とありますが、ふだんからタワーがどんなものか知っておくべきだと思いますので、階段を上がりました。(笑)

タワーの屋上ですが、ほんとに避難するだけで、そこにとどまるための物資の倉庫があったりとかは無いんですね。

遊歩道の終点、旧三保駅跡は三保ふれあい広場という公園になっています。

駅の西側に向けて、日本軽金属清水工場や三井・デュポンフロロケミカル清水工場へ続く専用線が分岐していたそうです。

日本軽金属からは電解工場がある蒲原駅や新潟駅などへ向けて酸化アルミニウム(アルミナ)が発送されていたそう。
この車両はアルミナ輸送専用貨車です。

当時のプラットホームが残されていました。