
JR山陽本線柳井駅です。山口県東部の町です。
グーグルマップによると白壁の残る古い町並みがあるそうで、古い町並みが大好物の私は、広島観光に確保してある時間を急きょ減らして柳井観光することにしました。

駅舎入り口ですが金魚が名物?

2泊3日分の着替えが入った荷物を背負って歩くのは重いので、コインロッカーに預けることにしました。

駅からまっすぐのびる道は麗都路(レトロ)通りの名がついていました。

麗都路ポストです。

柳井市の消火栓蓋。
毎年8月13日には柳井金魚ちょうちん祭が行われるそうですが、金魚ちょうちんの由来は幕末のころ、今からおよそ150年の昔、柳井の商人が子どものために青森県弘前市の「金魚ねぷた」にヒントを得、金魚をかたどり、伝統織物「柳井縞」の染料を用いて創始したと言われています。

柳井川を橋で渡りますが、それらしい町並みが見えてきました。
柳井は古くから海上交通の要衝で、江戸時代には岩国藩のお納戸と呼ばれ、商都として栄えたそうです。

あれっ、さっきの郵便ポストはこの建物に似ていますね。かつての銀行の建物だそうです。
周防銀行本店として明治40年(1907年)に建築された建物で、当時の銀行の重厚な姿を今日に伝える、日本でも数少ない建物の一つです。
1階は、町並み資料館として町並み保存地区の町家模型を展示し、2階は、柳井市出身の歌手、故松島詩子の記念館になっています。

白壁の通りは長さ200mほどですので、こじんまりとしています。


国の重要伝統的建造物群保存地区に指定されています。


重要文化財の国森家住宅です。

江戸時代中期(18世紀後半)に建造。当時、柳井白壁の町並みに軒を並べた商家の典型的な家造りが今もそのまま残っています。
国森家は、ともし油、びんつけ油を商い、柳井を代表する富商のひとつでした。
建物は、江戸時代の商家には珍しい妻入り形式で、本瓦葺、入母屋型の屋根を持つ、白漆喰土蔵2階建のどっしりとした佇まいです。当時多かった火災への備え、盗難や強盗を防ぐための工夫など、様々な仕掛けは必見!

別のお宅ですが2階がちょっと洋風になっていておもしろいですね。

平日の朝9時過ぎですが観光客はいません。私一人です。

しらかべ学遊館です。
柳井の歴史・民俗・伝統文化に関係したものを、テーマに沿って展示しています。
昔の民具やなつかしい生活用具、昔の金魚ちょうちんなどが数多く並び、国木田独歩の資料展示もあります。柳井の歴史について学ぶ「白壁おなんど塾」も開催しています。

金魚ちょうちんの歴史を解説したコーナー。


おもしろそうですね。

昔の民具を展示。


昔の看板の数々。

柳井のお土産品のひとつ、伝統の甘露しょうゆを扱う佐川醤油店です。
200年前、柳井で生まれた甘露醤油。二度仕込むという独特の製法で、時の藩主吉川公にも愛されたそうです。その伝統の味は市内に残る2軒の醤油蔵で今も守られています。
ここ佐川醤油蔵では、その製造工程を見学することができ、蔵の歴史を刻む大きな杉桶、醤油づくりの諸道具の展示、ほのかに甘い醤油のかおりとともに、伝統の味に触れることができます。

中に入ったらお土産買わずに手ぶらで帰るのは悪いかなと思い入らずじまい。💦 時間もあまりありませんしね。


柳井の地名の由来となった井戸がありました。湘江庵というお寺です。
「柳井」地名発祥の地との言い伝えがある曹洞宗のお寺です。 今から約1400年前、豊後の国(大分県南部)満野長者の娘、般若姫が橘豊日皇子(のちの用明天皇)に迎えられ上京する途中、平郡島沖でひどい嵐に遭って引き返し、柳井津の入江で里人に清水を求められたそうです。 その時、こちらの井戸の清水を差し上げたところ、姫は大変おいしいと喜ばれ、お礼にと井戸の傍らに柳の楊枝を挿しました。すると、一夜にして芽を吹き、柳の巨木となったと伝えられています。
この井戸の水を飲むと般若姫のように身も心も美しくなれると言われています。
また、境内西側に建つ御堂では、日本三体の虚空蔵菩薩のひとつを拝むことができます。


白壁のエリアからは少し外れますが、山陽本線の線路沿いにある旧新納鉄工溶鉱炉跡です。グーグルマップに出てきたので行ってみました。
まわりは駐車場になっていました。

柳井で1時間ほど散策したのち、広島へ向かいました。