
岡山県津山市の津山城跡にやってきました。
津山城は別名鶴山城とも呼ばれ、日本百名城に選定され、また姫路城、松山城と共に日本三大平山城のひとつです。
往時は外郭を含めて、広島城の76棟、姫路城61棟をしのぐ77棟の櫓が建ち並んだそうです。
しかし、1873年の廃城令により取り壊されました。(⇐うわっ、もったいない😮)

津山城は、森忠政が慶長9年(1604)に築城にかかり、元和2年(1616)の完成まで13年の歳月を要しました。
城主は森氏(4代)、松平氏(9代)と続き明治維新を迎えています。その後明治4年(1871)には廃藩置県、同6年には廃城令、同7年には天守、屋敷、櫓、門など建物はすべて取り壊され石垣のみが残りました。
城跡は一度荒れ放題となりますが、明治33年(1900)には鶴山公園として再出発、昭和38年(1963)には国指定史跡に指定されました。
平成16年(2004)からは、森忠政の築城開始から400年目迎え、津山城をより深く知るために資料調査や発掘調査を行い、また、後世によりよい状態で伝えていくために、石垣をはじめとする遺構の保存、重要な建造物の復元などの保存整備事業を行っています。

開門時間は午前8時40分から7時まで。夏場だけかもしれませんが夜がけっこう遅いですね。
入城料は310円でした。

森忠政像です。

石垣は往時のままなのでしょう。立派です。


2005年に復元された備中櫓を見上げます。

本丸にやってきました。

天守台です。

ハートの石がありました。
たまに歴史遺産でこういったハートのナントカがありますが、過去を想像して楽しんでいるのに現実の世界に引き戻されるような気がしないでもないです。
あまり好きではありません。

これがハートの石です。

天守台の説明看板です。
明治時代に撮影された昔の津山城の写真ですが、天守に多数の櫓があるとても立派な城だったことがわかります。

天守は破風を持たない4重5階地下1階の層塔型天守でした。小倉城を模したともいわれています。

天守台からの津山市外の眺めです。駅のある南方向です。
街の中心を流れる吉井川に沿うように東西に城下町が形成されました。
それぞれ重要伝統的建造物群保存地区として残されています。

西方向です。
北東方向です。
晴れていたら鳥取県境にある那岐山もよく見えるのでしょう。