三十三間堂

京都駅から歩いて20分ほど、三十三間堂の南大門です。関ケ原の戦いと同じ1,600年建造で重要文化財です。

三十三間堂は参拝したことがあるので今日はパスです。
養源院

三十三間堂の東側に隣接する養源院です。
豊臣秀吉の側室 淀殿が父 浅井長政の追善の為、長政の二十一回忌に建立される開山は長政の従弟で比叡山の高僧であった成伯法印、長政の院号を以って寺号としたのは文禄三年五月(1594年)である。
養源院の寺院名は浅井長政公の戒名そのものである。
その後程なくして火災にあい焼失するも、元和七年(1621年)に淀殿の妹で二代将軍徳川秀忠公正室、お江により伏見城の遺構を用いて再建される。
以来、徳川家の菩提所となり歴代将軍の位牌をまつる寺院となる。
現在の本堂(客殿)は再建時のものとなる。
平成二十八年二月に本堂(客殿)、護摩堂、中門、鐘楼堂等が国の重要文化財に指定された。

12月14日、ほぼ終わりかけの紅葉です。


養源院にはネコが多くいました。

智積院

真言宗智山派の総本山の智積院です。山号は五百佛山(いおぶさん)。
紀州の根来寺にルーツを持ち、根来寺と争った豊臣秀吉の時代には迫害されましたが、徳川家康になって再興されました。
智山派の大本山寺院としては、千葉県成田市の成田山新勝寺(成田不動)、神奈川県川崎市の川崎大師平間寺および東京都八王子市の高尾山薬王院があるそうです。
おなじみの寺院が多いですね。

総本山にふさわしい広い境内です。
安土桃山時代の絵師、長谷川等伯による国宝の障壁画を所蔵しています。(見ていません)

金堂です。


国の名勝の智積院庭園があるので500円払って中に入りました。




バスツアーの団体さん(日本人)と一緒でした。団体さんは行程が忙しいようで10分くらいで帰っていきました。

私はヒマですのでゆっくり鑑賞。


豊国廟

智積院からそれほど遠くない豊国廟(ほうこくびょう)に行ってみました。

途中の京都女子大学です。京都では歴史あるノートルダム女子大が募集を停止しましたね。
京都女子大はそれに呼応してか女子大継続宣言を出しています。

豊国廟は東山三十六峰のひとつ、阿弥陀が峰の山頂(196m)にありますので長い階段があります。

途中の豊国廟拝殿です。

慶長3年(1598)8月18日、秀吉は齢63歳を以って伏見城にて薨じた。
遺体は、遺命により、ここ阿弥陀ヶ峰(あみだがみね)中腹に葬られ、墳上には祠廟、山麓には社殿が建立された。翌年4月18日、遷宮式が行われ、後陽成天皇から正一位豊国大明神の神階と神号を賜り、以後、毎年盛大な祭礼(豊国祭)が取り行われた。しかし、元和元年(1615)豊臣氏の滅亡と共に、廟は破壊され、墳墓に弔する人もなく、空しく風雨にさらされていた。
明治30年(1897)、秀吉の300年忌に際し、廟宇が再建され、墳上には巨大な五輪石塔が建てられた。
なお、社殿は、明治13年(1880)、旧方広寺大仏殿の地に、豊国神社として再建されている。

拝殿には木箱があり登拝料として100円納めました。

約500段の直線的な長い石段です。ちょっと汗ばみ、いい運動になりました。

頂上の明治30年に建てられた巨大な五輪石塔です。
2026年は大河ドラマが豊臣兄弟ということで、豊国廟を訪れる人の数も増えることでしょう。

頂上からは京都市外の眺望を楽しめます。

清水寺が近くに見えます。
このまま山の中を通って清水寺まで行ければいいのですが、踏み跡レベルの道しかないらしく、一度下山することにしました。