9月8日、最後の18きっぷを使って兵庫県の竹田城に行ってきました。
竹田駅

JR播但線の竹田駅です。兵庫県朝来市になります。

駅舎の背後の山に、日本100名城のひとつで国の史跡の竹田城があります。

もう見えていますね。

看板の写真を借りてきましたが、竹田城は雲海に浮かぶ幻想的な風景から「天空の城」として、人気の観光スポットです。
※この景色を見るなら竹田城ではなく反対側の山に登らないといけませんね。
駅裏登山道

竹田城に登るにはいくつかのルートがありますが、駅裏登山道という道で登ることにしました。

駅の裏側は寺町通りという、いくつかのお寺が並ぶ風情のある通りでした。

矢印が出ているので迷いません。

この先登山道です。

熊の出没注意だそうです。マジですか〜。
竹田城に入城できる時間帯は季節により異なり、雲海のシーズンである秋は早朝5時から夕方5時までとなります。

山頂までは約30分ほどかかるそうです。

鹿が里に下りてこないためのゲートを通過します。

ところどころ残りの距離が表示されています。

この手の観光地としては、そうそう無いような急で険しい道を登ります。
この道は、城が使われていた頃からのメインの道だったらしいです。
(車の場合は山の裏側の中腹に駐車場があり、多少楽にアプローチできます。使ってないので知らんけど。)

残り100mになりました。
料金所

料金所です。早朝5時から営業ご苦労さまです。(有人です)

入城料は500円、パンフレットをもらいました。
竹田城

山上は穴太衆により作られたという築城当時の石垣が随所に残されています。

北千畳と呼ばれる場所です。鹿のフン💩がいっぱい落ちていました。

雲海は見えませんが、まあキレイな眺めなこと。
殿様の気分ですが、上り下りを考えると下界に棲むほうがいいかな。

高速道路が見えます。

竹田の町です。

山頂にある天守台です。
ボランティアガイドさんによると山頂の標高は352m、駅周辺は100mなので、250m近い高低差があるそうです。

マチュピチュっぽいですね。
ボランティアガイドさんによると朝6時くらいには雲海が発生していたそうです。
スマホでその写真を見せていただきました。
初秋どころか未だに夏のようなこの時期は朝8時じゃダメなんでしょうね。
雲海は晩秋が最もよく見られるそうです。
竹田城の歴史

竹田城は1423年ごろに山名宗全が配下の大田垣氏に命じて築かせたのが始まりだそうです。
その後、大田垣氏が7代に渡って城主を務めました。
しかしながら、天正8年(1580年)羽柴秀吉による但馬攻めにより、竹田城は落城、太田垣氏も没落したそうです。

その後、羽柴秀長(城代)、桑山重晴と城主が続き、1585年播磨龍野城主であった赤松広秀が朝来郡2万石(その後2万2千石)で入城します。
現在に残る石垣遺構は、広秀が城主の頃に整備されたと考えられます。

関ヶ原の戦いが起こると、当初広秀は西軍に加わりました。
その後、西軍の敗戦を知り竹田城に撤退したところ、東軍として鳥取城を攻めていた因幡鹿野城主亀井玆矩から来援要請を受け出陣、功を挙げたとされます。
しかし、鳥取城攻めの際に城下町を放火したとの罪で自刃させられ、竹田城も廃城となったのです。
以上、朝来市の竹田城公式ホームページからの受け売りでした。😅
表枚登山道

帰りは表米(ひょうまい)登山道で下ることにしました。

先のボランティアガイドさんによると、駅裏登山道よりも傾斜が急ですが、階段などよく整備されているそうです。
なるほど歩きやすい。

表米神社に到着しました。

石で組まれた扇形の観覧席のようなものの真ん中に土俵があります。

全国でも珍しい相撲桟敷です。