
徳山駅から新山口駅まで新幹線で移動しました。

700系レールスターのこだま号でした。

グリーン車の設定はありません。指定席に乗車しました。
新山口駅

徳山から一駅の新山口駅に到着。昭和世代には小郡駅の駅名の方がなじみがあります。

SLやまぐち号ってまだ走っているんですね。新山口ー津和野間を土日祝に走っているようです。

駅の中のうどん屋さんで590円のうどん定食を食べました。お昼ご飯です。

山口線の普通列車は山陰本線でよく見る赤い気動車でした。
湯田温泉

新山口駅から15分ほどで湯田温泉駅に到着。

駅舎よりでかい白いキツネの像。白狐が温泉を見つけたという伝説があるそうです。
駅には足湯もありました。


湯田温泉の中心街。町の中にある温泉で、あたりには何軒かの大きいホテルや旅館がありました。
けっこう萩や津和野、秋吉台への観光基地として宿泊する人が多いみたい。

これも温泉です。湯田温泉の泉質はアルカリ単純泉で源泉温度は63度。れっきとした温泉なんですね。
一日2,000トンものお湯が沸き出ているそうです。
(山陽地方に温泉や火山のイメージはないので、ついそう思ってしまいました。)

温泉街からJR中国バスの路線バスに乗りました。防府行きです。

瑠璃光寺五重塔

県庁前バス停で下りました。手前の旧県庁舎は県政資料館のようです。

国宝の瑠璃光寺五重塔を目指します。これが山口に来たメインの目的ですね。


これが国宝五重塔ですね。素晴らしい。😃
大内氏前期全盛の頃、25代大内義弘は現在の香山公園に、石屏子介禅師を迎え香積寺を建立しました。義弘は応永6年(1399年)足利義満と泉州で戦い戦死。
26代弟・盛見は兄の菩提を弔うため、香積寺に五重塔を造営中、九州の少貳勢と戦って戦死。五重塔はその後、嘉吉2年(1442年)頃落慶しました。
それからしばらくの時を経た関ヶ原の合戦の後、毛利輝元が萩入りし、香積寺を萩に引寺。跡地に仁保から瑠璃光寺を移築しました。これが今日の姿です。
全国に現存する五重塔のうちで10番目に古く、美しさは日本三名塔の一つに数えられ、室町中期における最も秀でた建造物と評されています。
ちなみに、日本三名塔の他2基は、奈良県の法隆寺と京都府の醍醐寺にある五重塔です。また、檜皮葺屋根造りのものは瑠璃光寺の他に、奈良県の室生寺と長谷寺、そして広島県の厳島神社にもあります。
日本三名塔、制覇ですね。😃

え、まさかの・・・・

令和の大改修、70年ぶりに屋根の檜皮葺き替えということでカバーに覆われていました。
完成は2026年3月予定だそうです。😭

ちょっとがっくり・・
亀山公園

小高い丘の亀山公園にやってきました。

毛利敬親の像。幕末に長州藩が大きな力を持つことになった立役者。
ザビエル記念聖堂

亀山公園の麓にザビエル記念聖堂があります。

記念聖堂はイタリア人建築家の設計らしく、かなり斬新な建物です。
もともとあった聖堂は火事で焼失、平成10年に新しく建てられました。
クリスチャンでなくても中に入れるようなので行ってみました。拝観料?は200円です。

1階はフランシスコ・ザビエルの足取りをたどる資料館になっています。ザビエルは鹿児島に上陸、その後平戸、下関をへて山口へ。
写真の右から2番目の人が時の領主の大内義隆です。
ザビエルに山口でのキリスト教宣教の許可を出した大内義隆は、日本初のキリスト教会となる「大道寺」を与え、そこが布教の拠点となりました。
そして大道寺にて日本における最初のクリスマスを祝ったと言われます。

私以外にもお客さんがいました。
ザビエルは山口で布教活動を行った後に堺・京都へと移動しました。

2階はステンドグラスが美しい礼拝堂になっています。
200円払わなくてもこちらだけを見学することもできるそうですが、それもちょっといやらしいですね。


後方にはパイプオルガンが設置されています。さぞいい音響なのでしょう。
山口駅

山口駅に向かうため商店街を歩きます。右手のレオニダスの店にちょっとびっくり。

湯田温泉の温泉街のほうが活気があるような気がします。

まずまず木々が色づいていました。

山口駅です。
県庁所在地の駅としてはびっくりするほど小さい。💦
新幹線、山陽本線、山口線、宇部線の電車が集結する新山口駅のほうが、山口の玄関口にふさわしいですね。
いっそのこと県庁も新山口近辺に引っ越ししたほうがいいんじゃないでしょうか。

山口駅から新山口駅まで特急スーパーおき3号で向かいました。

e5489でネット予約したら自由席より指定席のほうが安かったです。運賃240円+特急券650円でした。