南海電車の支線を乗ってきました。
高師浜線

南海本線の羽衣駅です。
急行停車駅で大阪府高石市にある駅です。
羽衣の地名の由来は近くの浜寺公園に有名な羽衣の松があったからだそうで、駅名や学校名に用いられるようになっています。

羽衣駅から接続する高師浜(たかしのはま)線に乗ってみることにしました。

高師浜線は羽衣駅と高師浜駅を結ぶわずか1.4kmの盲腸路線です。
途中の伽羅橋(きゃらばし)駅、終点の高師浜駅も高石市内にあり、高石市で完結する路線です。
最近、盲腸路線に乗るのがマイブームです。😀

駅ホームから和歌山方面です。右の線路1本が高師浜線、残りが本線です。

空港特急ラピートがド迫力で通過していきました。

続いて高師浜線の電車が入線してきました。

2両編成です。

ガラガラの車内です。

優先席はボックスシートになっていました。

高師浜線は全線高架となっており、高架工事は2024年に完成していますので、ごく最近のことです。
工事中は3年間代替バスが走っていたようですが、廃止ではなく投資しているのですから今後も利益を生み出す可能性があるのでしょうか。
短すぎて失礼ながらあってもなくても良さそうに思えます。

羽衣駅をでて伽羅橋駅に停車し5分ほどで終点の高師浜駅に到着しました。


改札は地上階にあります。

駅舎の壁にはステンドグラスが埋め込まれています。

駅舎外観です。ちょっとレトロな洋風建築です。

駅前は特に駐車スペースや車の転回場はありません。ひっそりとしています。

浜寺捕虜収容所跡地を示す碑が立っていました。
このあたり日露戦争におけるロシア人捕虜の収容所がありました。
現在は当時を偲ばせるものはなく、綺麗に区画された住宅地ですが、その碁盤目状の区画は捕虜収容所時代に遡るそうです。
収容所は浜寺公園の少し南、高石市と泉大津市の沿岸部に設けられた。甲子園球場の6倍を超える26万平方メートルの土地を柵や板塀で5区域に分け、捕虜宿舎100棟や病舎、病院、パン工場、ロシア正教やカトリックの教会が建てられた。
当時の日本は捕虜の処遇などを国際的に取り決めたハーグ条約を批准して間もない時期。国際的な地位を高めるため、捕虜の扱いにはかなり配慮したことがうかがえる。労働を課すわけではなく、運動は自由にできた。娯楽室を設け、階級の高い人には所外への散歩も認めていたという。

周辺観光案内の看板もありました。
多奈川線

大阪の南の最果て、岬町にあるみさき公園駅です。

みさき公園は小さい頃、父親に連れられて来たような来てないような、記憶が定かではありません。
2020年3月みさき公園は南海が事業から撤退し廃園となっています。

灯台が見えます。

みさき公園駅から分岐する多奈川線に乗りました。

多奈川線はみさき公園駅から多奈川駅を結ぶ2.6㎞の路線で、途中駅は深日町駅と深日港駅の2つ。



深日港駅です。
むかしはここから淡路島の洲本へフェリーが出ていたと思います。明石海峡大橋の完成で大阪からの淡路島航路は軒並み廃止になっています。

終点の多奈川駅に着きました。

無人駅です。
QRコード読み取り機能付きの改札機が設置されていないため、私の3・3・SUNデジタルフリーきっぷでは改札外に出ることができません。
そのまま折り返しの電車で引き返しました。
(そもそもフリーきっぷでここまで乗ってきてよかったのかという疑問も・・ 多奈川線は対象外みたいな注意書きはありました。QRコード対応改札が無いからですね)
多奈川線は廃止してバス転換の話もチラホラ出ているようです。