
大阪メトロ堺筋線の恵美須町駅から地上へ出ると通天閣が見えました。
一心寺

恵比寿町から東へ天王寺公園の北べりを歩くとあるのが浄土宗の一心寺です。
寺の山門は、鉄筋コンクリート造りの斬新なデザインすね。ちょっとびっくり。😧
知らなかったのですが、大阪ではかなり有名なお寺だそうです。
グーグルマップの口コミも7300件以上寄せられています。


現代風にアレンジした仁王像なんでしょうか。

しかし、一歩中に入るとわりと普通のお寺です。
大坂冬の陣では徳川家康がここに陣を置いた歴史の舞台でもあります。
写真にはそれほど写り込んでいませんが、平日にも関わらずかなり参拝客の多い一心寺です。
それも私のような通りすがりの観光客ではなく、純粋になにかしらの祈願を目的に来られているような感じがしました。🤔
せがきと回向

せがき、納骨、回向受付とあります。
納骨はわかりますが、恥ずかしながら「せがき」「回向(えこう)」は知りませんでした。
せがきは漢字で書くと「施餓鬼」で、餓鬼道(がきどう)に堕ちて飢えや渇きに苦しむ霊魂(餓鬼)や、供養されることのない無縁仏に食べ物や水などを施し、救済する仏教の法要(行事)だそう。
一般にはお盆の時期にご先祖を供養する際に行われることが多いそうですが、一心寺では年中無休で受付、本来施餓鬼は餓鬼を供養することで自分自身の功徳(とく)にもなり、広く慈悲の心を持つための行事とされています。
また、回向は読経(どきょう)・布施などをおこなって死者の冥福(めいふく)を祈ることらしいです。
いろいろな風習があるんですね~。
お骨仏

皆さん熱心です。
Wikipediaからのコピペですが一心寺は
宗旨に関係なく参詣や1万円からの費用で納骨を受け入れる寺(現在は創価学会のみ受け入れを拒絶している)でもあったため、全国から多くの納骨が集まった。
現在も年中無休で年2万ほどの法要と納骨を受け入れ、10年分をあわせて骨仏が作られている。現在は第七期から第十三期(2007年(平成19年)開眼。1997年(平成9年)から2006年(平成18年)末までの骨で作られている)の骨仏が安置されている。遺骨の総数は200万柱(2020年(令和2年)1月現在)で、大阪市の無形民俗文化財にも指定されている。
つまり納骨のハードルがむちゃくちゃ低く、全国から納骨を受け入れ、あまりに数が多いので遺骨10年分をまとめて粉にしたあとセメントを混ぜて成形し、阿弥陀仏像(お骨仏)を作るそうです。現在お骨物は8体あるとのこと。
きっと参拝客の多くはご先祖様、すなわちお骨仏を拝みにきているんですね。
一心寺は別名がお骨仏の寺。

こちらがお骨物が祀られている建物です。
緑色の看板が第〇期(ーー年~ーー年)のお骨物がありますよと書いてあるようです。
本田忠朝の墓

境内の一角には大坂夏の陣で討ち死にした家康の家臣、本田忠朝の墓がありました。
酒で身を滅ぼしたとまでは言えませんが、お酒が原因で失敗した武将のようです。

墓前に酒封じ祈願の看板がありました。
この寺には翌慶長20年(1615年)の大坂夏の陣の天王寺・岡山の戦いで最前線に立ち討ち死にした本多忠朝の墓所があるが、彼は酒を飲んでいたため冬の陣で敗退し家康に叱責され、見返そうと夏の陣で奮戦したが討ち死にし、死の間際に「酒のために身をあやまる者を救おう」と遺言したといわれることから「酒封じの神」とされるようになった。今でも墓所には禁酒を誓う人がよく詣でている。
骨仏信仰については無形民俗文化財を紹介する大阪市のホームページにも載っています。