北陸本線の余呉駅です。福井県も近い滋賀県の北部にあります。
ここには余呉湖という湖があり、その南側には「賤ヶ岳(しずがたけ)の戦い」で有名な賤ヶ岳があります。
今日は余呉湖の西岸を歩いて、賤ヶ岳に登って下って、木ノ本駅まで歩こうと思います。
余呉湖、賤ヶ岳ともに初めて訪れる場所です。
余呉湖
余呉湖は一周6.8kmの湖のようです。
湖越しに見える賤ヶ岳。
余呉湖です。琵琶湖と同じ断層湖で、最も深いところで水深13.5m。波の立たない穏やかな水面から鏡湖とも呼ばれているそうです。
湖畔のビジターセンターはお休みでしたが、トイレを拝借。
冬はこのあたりは豪雪地帯。除雪車が置いてありました。
羽衣伝説の地、川並集落を歩きます。
このクソ暑い中、トレーニングをするランナーが何人も私を追い越していきました。何かの合宿?
ムクゲの花。
この岩もなにかの伝説にまつわるものだそうです。横に石碑がありましたが、読む気が起こりませんでした。
たまに車およびランナーが通りますが、とても静かです。
緑がきれい。
余呉湖ではヘラブナが釣れるようです。入漁料1,100円と看板にありました。
ヘラブナといえば滋賀名物の鮒ずし? むかし滋賀県出身の友人にもらって食べたことありますが、生ゴミのような味と臭いがしました。😫
本当にそういうものなのか、いつの日か再挑戦してみたいと思っています。
(鮒寿しはニゴロブナを発酵させて作ります。ヘラブナではないようです。)
登山口
駅からのんびり歩くこと50分、湖の南端にある賤ヶ岳の登り口に到着しました。
ここでスニーカーから、持ってきていた登山靴にはきかえました。久しぶりに活躍。
山頂まで40分ほどです。
登り始めて早々、体力の衰えを感じます。
足は大丈夫ですが、呼吸が苦しいです。息を整えながら登ります。
学生の頃はこれくらい走って登れたのに全然ダメですね。
去年の秋に大阪奈良県境の生駒山に登ったときよりはるかにキツイ。
秋になって涼しくなったらジョギングでも7年振りに始めるか。
頂上はもうすぐです。
賤ヶ岳山頂
標高421mの山頂です。余呉湖は標高133mの場所にあるので、288mしか登っていません。
しかしこの苦しさ。暑さのせいもあるのかな。この日の長浜市の最高気温は34.2度でした。
頂上は少し涼しい風が吹いていました。
奥琵琶湖の眺めです。ちょっと霞んでますがいい景色。竹生島も見えます。
さきほど歩いてきた余呉湖です。
木之本方面の眺めです。伊吹山も見えるはずですが、霞んで見えませんね。
でもずっと湿っぽい樹林帯を登ってきたので、この景色にちょっぴり苦労が報われた気がします。😀
賤ヶ岳の戦い
山頂にある賤ヶ岳の戦いの碑です。この山頂にかつて賤ヶ岳砦がありました。
武将の像がありました。お疲れですね。😀
賤ヶ岳の戦いに破れた柴田勝家でしょうか。
賤ヶ岳の戦い(しずがたけのたたかい)は、天正11年(1583年)4月、近江国伊香郡(現:滋賀県長浜市、旧:伊香郡木之本町)の賤ヶ岳付近で起きた羽柴秀吉と柴田勝家の戦いである。この戦いは織田勢力を二分する激しいものとなり、これに勝利した秀吉は亡き織田信長が築き上げた権力と体制を継承し天下人への第一歩がひらかれた。
賤ヶ岳七本槍で知られる7人の武将の顔はめがありました。
秀吉方で功名をあげた兵のうち以下の7人は後世に賤ヶ岳の七本槍(しずがたけ の しちほんやり)と呼ばれる。
脇坂安治(1554年-1626年)
片桐且元(1556年-1615年)
平野長泰(1559年-1628年)
福島正則(1561年-1624年)
加藤清正(1562年-1611年)
糟屋武則(1562年-不詳)
加藤嘉明(1563年-1631年)
福島正則や加藤清正は知っていますが、その他は知らない。
観光リフト
苦労して登ってきた賤ヶ岳ですが、木之本側では山頂直下まで観光リフトが通じています。😅
片道500円でラクラク登山。そのため山頂では軽装の観光客の姿がたくさん見られました。
私は徒歩で下山します。
こちらはリフト山麓駅の駐車場です。けっこう県外ナンバーの車が止まっていました。
木ノ本駅へ
木ノ本駅まで40分、暑い中を歩きます。午後2時過ぎで暑さのピーク。
ひたすら歩きます。
賤ヶ岳を振り返ります。
砦は高いところに作られるものかも知れませんが、登るだけでも面倒くさく、戦意喪失してしまいそう。
平地で戦えばいいのにと思ってしまいますが、中世の平地は今と違ってズブズブの沼地が多かったんでしょうか。
このあたりの昔ながらの集落も山沿いにあるところが多いです。
翌日、親切なCOCOAさんからお知らせ。
またか。陽性なのに電車乗るなよな。ちょっと離れていましたが、へんな咳をしていたオッサンがいた。そいつかな?