揚輝荘
泣く子も黙る名古屋の高級住宅街、千種区覚王山の一角にある揚輝荘にやってきました。
最寄り駅の地下鉄東山線覚王山駅から徒歩5分ほどです。
春に妻と訪れましたが定休日でしたので、そのリベンジとなります。
名古屋を代表するデパートである松坂屋の創業者、伊藤祐民の別荘として建てられたのが揚輝荘です。
名古屋の東部郊外にある覚王山日泰寺の東隣に位置しており、周辺には閑静な住宅街が広がっている。
大正時代から昭和初期にかけて、松坂屋初代社長である伊藤祐民の別荘として建てられた。
聴松閣は有料公開が行われており、池泉回遊式庭園の北園は暫定公開が行われている。聴松閣、揚輝荘座敷、伴華楼、三賞亭、白雲橋の5棟の建物が名古屋市指定有形文化財。
南園 聴松閣
揚輝荘の代表的な建物が聴松閣です。
有料で入館料は300円ですが、地下鉄のドニチエコきっぷを見せると240円に割引になりました。
昭和12年に揚輝荘の迎賓館として建てられたハーフティンバー様式の洋館です。
平成25年に修復整備を終え、地階~2階を公開しています。1、2階は英国や中国風の意匠を取り入れた各部屋があります。
印度様式の地階には、壁画やホール、舞踏場があり、講演会やコンサートなどを開催することもできます。
1階のこちらのお部屋はカフェになっており、200円でコーヒーを飲むことができます。
こちらの建物は暖炉が多かったですね。本物でしょうか。
2階へ上がります。
書斎です。第二次世界大戦後、揚輝荘は一時期進駐軍に接収され将校の住まいとして用いられたそうです。
廊下です。
こちらの部屋は中国風の意匠が施されています。
暖炉があります。
南側に面したリビングにあたる部屋でしょうか。レトロ建築を折り紙で作った作品展が行われていました。
和室もあります。
北西側にある洗面台です。
大正~昭和初期の建物の特徴でしょうか、タイル貼りになっていました。
立入りはできませんが3階より上もありそうです。
あとから気づきましたが、地階を見学するのを忘れました。💦
北園
聴松閣があるほうが南園で、揚輝荘には北園もあります。北園は入場無料です。
名古屋市指定有形文化財の伴華楼です。
伴華楼は英語のバンガローをもじった名前ですが、バンガローはもともとインドのベンガル地方の建物の意味があるんですね。
東側の壁がうろこのように板が貼られた独特な様式です。
内部は入れませんでしたが資料室になっているようです。
修学院離宮の千歳橋を模したといわれる白雲橋です。
三賞亭です。大正7年、茶屋町(現中区丸の内二丁目)の伊藤家本宅から移築した揚輝荘最初の建物だそう。
12月14日の訪問ですが、紅葉はまだまだきれいでいた。
城山八幡宮
揚輝荘の近くの城山八幡宮に行ってみました。
城山というだけあって末森城という城があったようです。1548年に織田信長の父である信秀によって築城されたそうです。
旧昭和塾堂
城山八幡宮からすぐのところに旧昭和塾堂の建物があります。
建てられてから約100年が経過し、だいぶ廃墟化していますね。
洋風にも見えますが屋根の軒天などは和風にも見えます。
愛知県が城山八幡宮の境内の一部を借り受けて、昭和改元を記念して青少年育成のために建築し昭和3年に完成、ときの愛知県知事柴田善三郎が昭和塾堂と命名しました。
中には入れないようになっていました。