ちょっととりとめのない文章になりますがご了承ください。
現在88歳の義父は8年前に骨髄異形成症候群(MDS)と診断され、抗がん剤治療を行いました。
その後は血液を体内でうまく作れないため、ずっと通院して定期的に輸血を行ってきました。
最近は3週間おきの頻度です。
義父は車で10~15分の隣町に住んでおり、妻がこれまで7年間、車で送迎してきました。
しかし輸血をしたからといって、いつまでも生きられるわけではないようです。
義父は1月3日から心不全で入院しています。
というのも輸血を長期間行うと、体に鉄分が蓄積、鉄分を体外に排出する薬を飲みますが、心臓の壁にも鉄やその他いろいろなものが付着して、心臓の正常な動きを妨げるそうです。
医者によるとこれが心不全の原因のようです。
心不全が発生すると肺に水がたまりやすくなり、呼吸に影響を与えます。水を抜く治療も行いました。
心不全に関しては根本的な治療は有りません。
残念ですがかなり死期が近づいてきていると思います。
年末から発熱があったりして体調は思わしくなかったようですが、正月に会った時にはまだしっかりしていました。
しかし今日会うと、すっかり外見は病人になっていて、鼻には酸素のチューブが取り付けられ、肌のツヤもなくしんどそうです。
足や腕もむくみが見られます。
しかし頭はまだしっかりしていました。
妻と義母と3人で見舞いに行きましたが、「早く退院したい」「つらい」「舌がカサカサで食べるのに苦労するけど、そちらは医者は何も対応してくれない」と不満を言っていました。
また、本人的にはあと2年くらいは生きるつもりだったらしく、こんなに早く今のような状況になるとは思ってなかったと言っていました。
退院できるつもりで入院したので今の状況がもどかしいようです。
義母は「私は何もできん」というタイプの人なので、妻と私が相談して、なるべく早く退院させて家で世話する方向で進めますが、往診してくれるお医者さんの手配とか、ベッドの手配、薬の確保などいろいろあることはあります。
妻が週明けにもの病院所属のソーシャルワーカーさんと相談するそうですが、家に戻る前に死んでしまうこともあるかと思います。
仮に、退院すると今度輸血を行うのは難しいので、もしその時まで生きていたら寝台車を手配して病院まで運ばないといけません。
また、在宅で発作が起きて救急車呼ぶくらいなら、最初から病院に残っていたほうが良いでしょうし。
発作が起きて治療、また発作と繰り返すのも若い人ならまだしも、88歳の年寄りには酷なようにも思えます。
在宅で看取る覚悟は本当にあるのか・・とか考えると、ハードルはいろいろ高いです。
いちおう家では妻と、大阪の義姉がパートの仕事を辞めて、愛知にしばらく来るといっていますので、2人がメインで世話すると思います。
見舞いに行った感想としては、義父は思っていたよりまだ生きることに執着があるということです。
義父は11人兄弟の7番目だったかで、あと生存しているのは義父も含めて3人です。
岡山在住の末っ子の弟さんが週末に見舞いに来る予定です。
また、大阪に住む義姉と若い姪2人も週明け早々見舞いに来る予定です。
やたらと人が来るので、「おいおい、俺がもう死ぬと思っているのか?」と思うことになるのかもしれません。
私は「財産の処理をよろしく」と言われました。
「大丈夫、心配しないでください」と言っておきました。
義父は家に戻ったとしても何日生きられるかわかりませんが、頭がしっかりしているだけに、最後になるべくいい思いをしてもらいたいとは思います。
病室の天井を見て悶々と過ごすのは可哀想な気がします。
ビールや酒が好きだったので、家に帰って最後に飲みたいだけ飲んでもいいんじゃないかと思います。
本人も飲みたいなあと言っていました。
明日にでも病院にこっそり隠れて持って行ってもいいんですけどね。